良いじゃないか、たまには一日ゆっくり過ごしても。

思い切りの美をして軽やかにベッドから降りた。

「お母さーん、ご飯あるー?」

トントンと欠伸を噛み殺しながら階段を降りると、母親の代わりに、有り得ない人がリビングの椅子に座っていた。

「やっと起きたか」

少し不機嫌そうな、嘆息混じりだけれど耳朶を打つ綺麗な声。

「柚木……先輩……?」

理解出来ずに瞬き三回。

「………柚木先輩っ?!」

「五月蝿い」

大仰な声に溜息を吐くとすらりと伸びた足を組み替えた。

「なん…っ何で柚木先輩?!何で…お母さんは……?」

「おれが来たときに出かける用事あるから此処に居てくれって出て行った」

「な…っ」

少なくとも年頃と言える末娘が寝ているときに、完璧な眉目秀麗且つ物腰柔らかく対応していたとは言え、男をあげる母親。

紛れも無く己の母親。

「お母さん…っ」

がっくりと膝を付きたい衝動に駆られたとき、自分がまだパジャマであることに気がついた。

寝ぼけた頭には衝撃が強すぎてすっかり失念していた。

「早く着替えてきたら?」

「そうします…っ」

二回目の衝撃。

だが、一度目が強すぎて復活、というより諦めは早い。

「あれ、出かける…って柚木先輩と?」

「そ。待っててやるから。どこかでブランチして出かけるぞ」

「……はい」

一瞬抗議してやろうかと思ったが、徹底的に丸め込まれ結果は変わらないのだろうと思うと、抗議する気が失せた。

それに、今日はただ用事がなかっただけで出かけることに依存がある訳ではない。

諦め、部屋へ戻って着替えようと、階段へと通じる扉を開いた。

同時に持っている服が目まぐるしく頭の中を駆け巡る。

「そうだ、香穂子」

「何ですか?」

いつもの周りに向ける笑顔ではなく、少し意地悪な顔。

そんな笑顔を向けられるときは大抵此方の返答に窮することを言う。

「おれの家は、休みの日でももっと早く起床しなければならない」

「はあ……」

曖昧に同意して、軽く身構えて次の科白を待つ。

「今から慣らしておけ。……おれの家に来ると辛いよ?」

その意図を香穂子が正しく理解したのは、卸したてのスカートを履いて姿見の前でくるりと一周した瞬間。

服で散々悩んだ後は、次は笑顔を向けようと、すぐに決めた。

きっと自分にしか向けられない、本当の柚木の、何よりも綺麗な笑顔で迎えてくれると信じて。