お腹が空いては戦、では無いが、やはり行動するのに支障をきたす。

朝は食べてきたので、精神的に動きたく無くなる程度だが。

学校帰りに友達と立ち寄る、オープンテラスがあるカフェへ向かった。

紅茶とプレートを頼んで、オープンテラスで食べる。

周りを観察していると一人でいることは然して気にならない。

通りを歩く人ごみの中で、良く晴れた日の空を思わせる髪を見つけた。

テラスの柵まで寄ってその名を呼んだ。

「月森くんっ月森くーん!」

大声で呼んでから、月森は演奏時以外で人から無闇に目立つのは好まないことを思い出したが、呼んでしまったものは仕方が無い。

怒られるのを覚悟した香穂子に向けられたのは、極小さくはあるが、笑顔だった。

「香穂子…。今日は一人なのか?」

「あ…うん、一人で買い物してたんだけど、お腹が空いて」

「そういえば…今日何も食べてないな」

「何も?!お昼の一時半過ぎてるよ?!」

正確にはもう二時前と言って良い時間。

ぱたぱたと通りへと出て、月森の手を引いた。

「体に悪いよ?奏者は自己管理も大切なんでしょ?」

そう言って香穂子は座っていた席の向かいに座らせ、ウェイトレスを呼び止めた。

















「ご馳走さまでしたっ!

ありがとね月森くん、一人で食べるよりずっと美味しかったよ。

それから……ごめんね、勝手に引っ張っちゃって」

「いや…もう用事は済ませたし、おれを心配してくれたからだろう?」

怒る理由は無いと、サラダを食べる月森はやはり言葉端も態度も丸くなったと思う。

「ふふっ」

「どうした?」

「何でも無ーい」

笑いながらメニューを広げる香穂子に月森は軽く息を呑んだ。

「…まだ食べるのか?」

「なっ、ケーキだよっ」

それでも胃に入ることに変わりは無い。

一層優しげに緩む月森の視線に、香穂子は気付かない。

「んー……」

じっとメニューを見ながら眉を寄せる香穂子のことが手に取るようにわかり、月森はくすりと笑った。

「悩んでいるのか?」

「桃のタルトか苺のミルクレープか……」

サラダの最後の一口を咀嚼して飲み込んで、月森はフォークを置いた。

「なら、おれがどちらか頼めば問題ない」

すみません、と腕を上げるだけでも綺麗な所作でウェイトレスを呼んだ。

「ほんとにいいの?」

「何がだ?」

「月森くんってあんまり甘いもの好きそうな感じじゃないから…」

少し申し訳無さそうにする香穂子に月森は自分の食事のしこを思い返しそういえば、と気付いた。

「余り……食べないな。だが、嫌いではない」

「……っ」

正面に座っているため、寸分の狂いなく真っ直ぐに、微笑を浮かべたまま月森は言った。

嫌いではない、の科白に、真っ直ぐすぎる視線に、自分に言外に好きだと言っているような気がして、香穂子が視線を逸らしかけたとき、頼んだケーキが運ばれてきた。

両方ともきっちり半分に分け、ミルクレープの上に乗っていた苺だけは譲り合いで揉めたが、最終的に苺は顔この皿の上に収まった。

「月森くんさ、普段ご飯ってどうしてるの?」

ふと沸いた疑問。

月森の両親は社長とピアニストだった筈。

多忙で帰れない日もままあるのではと思った。

「お手伝いの人が作っておいてくれるものか…食が進まなければ食べない」

「え……ちょっと待って、一人、なの?」

少し前まで家に兄もいた。

仕事で遅くならない限り姉も父も一緒に食事を摂る香穂子には、月森といて最初一人でいた時間が寂しかったのだと感じていたのに。

じわじわと眉尻が下がる香穂子に月森が困ったように紅茶を啜った。

「困らせたいわけじゃないんだ、その…」

少し朱味がさした頬。

「香穂子がいれば、いつも楽しい食事になりそうだと思ったんだ」

「いつ、も?」

さっきの視線がより拍車をかけ、香穂子は何も言えなくなってしまった。



照れたように笑って、何処かで食べようか、と今日の晩御飯の相談をするのは、紅茶が冷めたころ。