日中は少し暑いくらいの季節。

木陰で木漏れ日を浴びながら読書なんて早々楽しめるものではない。

影の下だから紙の白さが反射して眩しくて本を読むどころではない、なんて本末転倒な事も起きない。

意気揚々と文庫本を取り出し、栞で挿んでいたページを開く。

没頭し始めれば喧騒も心地良い適度な音楽。

(あ、気持ち良い…)

そよ、とや柔らかい風が香穂子の髪をそっと撫でる。

散々寝たにも関わらず眠気が忍び足で香穂子を包む。

(やばいかな……)

だが元より警戒心が薄い香穂子。

恥ずかしさと眠気の闘いは眠気の勝利に終わった。















「ん……」

不意に香穂子は頬に当たる官職で意識をほんの少し起こした。

確か、寝てしまいそうなことに危機感を感じていたがそれでも本を読んでいたことまでは覚えている。

それからどうだったか、と考えてるうちに頬に何かが当たっていることを思い出した。

少しざらついた、布のようだが温かみがある。

(……布……?)

「っ!?」

驚いて思わず目を開けると、色素の薄い、見慣れた顔があった。

「おはようございます、香穂先輩」

「し、みず……くん?」

驚きと意識の覚醒の全てが付いて行かず、香穂子は途切れがちにチェロ奏者の後輩の名を呟いた。

「何で志水くん……」

「チェロ弾こうと思って来たんですが…香穂先輩が寝ていて。

何だか首が痛くなりそうな寝方だったんで、膝なら大丈夫かなって」

これも読みかけだったんで、と手にしている紺に金字の想定の本を指した。

「膝……」

ふと引っかかった単語を繰り返すと頬に当たるのはジーンズを履いた志水の脚。

「わっごめんね重かったでしょ!」

がばりと身を起こした香穂子の最後の科白にふるふると頭を振った。

肩から何か落ちた気がして腰の辺りを見ると見覚えの無いジャケット。

「志水くん、これっ」

「あ、寒くないですか?寝起きって体温が少し上がるみたいで、体感温度低いんですよ」

「へぇ…じゃなくて!志水くん寒くない?」

暖かいとは言え陽が落ちていけば当然寒い。

だが志水は空を仰いでああ、と呟いた。

「香穂先輩のこと心配してたら、忘れてました」

元より怒る気なんて無かったが、何だか勢いが殺がれてしまい、香穂子は苦笑した。

「でも気をつけてくださいね」

「え?」

「僕も寝てしまいますけど……香穂先輩、女の子ですから」

突然女の子扱いされ、香穂子は思わず詰まった。

「あ、でも」

本を閉じて香穂子を見ると、ふわりと笑った。

愛想などに対し、月森とはまた別の意味で気を遣わないタイプの彼の笑顔は、本当に嬉しかったり、無意識だったり。

大好きな音楽の話をするときに浮かべていたそれは今香穂子へ。

「先輩が、ずっと僕の側にいてくれたら僕が守りますから。

だから、安心して寝てくださいね」

寝起きとはまた別の意味で急速に上がりつつある体温は、夜になりゆく風でも冷えない。

自然に緩んだ頬を隠すように肩に預ける。

確定的な言葉は交わしていない。

だけれど、幸せそうな空気を纏って髪に触れてくれるから、交わす気持ちはきっと同じ。