缶の紅茶を買って、ベンチに座る。
甘ったるい味と混じって紅茶の香りがふわりと口腔を満たす。
一口飲み下して周りを見る。
恋人と歩く者、親子連れで弁当を広げたり、バスケットボールやバドミントンなどのスポーツに興じる者。
それから。
「うわ!」
「危ね…っ!」
「うわ?!」
飛んでくるサッカーボールに身を竦ませた途端影が出来、その一瞬跡にパァンと威勢の良い音がした。
痛みが無いことに気付いて恐る恐る目を開けるとそこには良く見た背中。
「土浦くん…」
「ん?あぁ、香穂子か」
香穂子へと飛んできたボールを放り投げた先に小学生くりあの男の子が数人。
「人には気をつけろっつったろ」
「姉ちゃんごめんー!」
「何処も当たってない?」
微かに低くなった声に土浦が庇わなければ怒られるだけでは済まないことを感じ、口々に謝った。
「大丈夫だよ。ふふっ元気だね」
「ったく過ぎるくらいだぜ」
あっつ、と土浦は薄っすらとかいた汗を拭った。
「…通りかかりじゃなくて一緒にやってたの?」
「あー…コーチの真似事だ。せがまれちゃ断れねぇだろ」
何処か照れたように視線を逸らして言う土浦に香穂子はこっそり笑った。
「ね、土浦くん。あたしも混ざっちゃ駄目?」
「はあ?!」
「大丈夫大丈夫!ズボンだし!」
見てと言わんばかりに短パンの裾を摘む。
「ったく…指、自力で守れよ?」
そんな言葉を背中で聞いて、少年らに混ざった。
「お疲れ」
「ありがとー」
太陽が落ちて空気の屈折によ赤く映える夕日になって来た為、子供たちを家へ帰しベンチに座っていると土浦がスポーツドリンクを自動販売機で買ってきた。
「楽しかったー!」
「凄いよなあいつらの体力」
散々サッカーに文字通り明け暮れた後、有り余る体力と元気を落ち着かせるためか、或いはただ衝動か、彼らは走って帰宅した。
さすがに土浦も香穂子も呆気に取られながら見送ることになった。
「でも知らなかったなー土浦くんがこうやって子供たちとサッカーやってるなんて」
「大っぴらに言えるかそんなこと」
確かに慈善運動を頻繁にこなしている王崎とはまた違うかも知れないと、また少し笑いながら缶に口を付けた。
「でも隠す事じゃないよね、凄く面倒見の良いお父さんみたいで恰好良いじゃない」
「………『お父さん』」
「あ。やっあのね?」
反芻され思わずとはいえ流石に気分を害したかと空になった缶を側に置き、他意は無いと説明しようとした。
「ったく」
立ち上がり、香穂子の缶と土浦が飲んだ空き缶を持った。
「土浦くん、あのね」
「何処探しても、」
そう始めて言葉を紡ぐ土浦の顔は、夕陽より赤い気がした。
「サッカーなんかも合奏も一緒にやる『お母さん』なんて、お前くらいじゃないか」
心地良い重低音の声は、いつもより小さいけれど香穂子にはそう届いた。
今は背中しか見えないが、走って追いついて、腕を絡ませ笑いかけたら、また知らない表情を見せてくれるだろうか。
それを実現させるため、香穂子は走り出した。