ああ、なんか、有り得ない日常なんですけど。
Prelude
今日もまた、昼休みに屋上に上がってきてしまう自分が哀しい。
気持ちのいい風を受けながら、香穂子は遠い目をしている。何だって、毎日毎日友達との昼食も断って(しかも、『練習したいから』などと嘘まで言って!)こんなところに来ているのか。
いくら自問したところで答えなど一つしか出るはずも無く、またその答えに、香穂子自身で赤面したり、がっくりしたりするのだ。きっと端から見たら、百面相でもしているように見えるんだろう。
香穂子はただ、屋上の扉が開くのを、複雑な気持ちで待っていた。
扉が開いたとき、香穂子はこの後の授業内にある小テストのことを考えていた。本来なら、こんなところでぼぅっとしている場合ではないのだ。決して成績がいいとは言えないので、せめて小テストくらいは頑張らなくては。
そんな思考に時間を費やしほとんど没頭しかけていたといってもいいので、屋上の鉄の扉が開く音に、瞬間的に心臓が大きく鳴る。静かな場所での考えを突然邪魔されるのは、とても心臓に悪い。
香穂子が慌てて振り返ると、極上の笑みがそこにはあった。
その笑顔に一瞬頬を赤らめかけるものの、その隣の敵意にまみれた視線に、それも瞬間的におさまる。
香穂子は、極上の笑顔の持ち主を軽く睨んだ。
「・・・柚木先輩。“偶然”ですね」
「そうだね。ひとりこんなところで、何してるの?」
貴方を待ってました。
そう応えようにも、鋭い視線がかなり痛い。ほとんど憎しみといってもいいような表情で自分を睨んでいるのが柚木親衛隊のメンバーであることを確認すると、香穂子は無理矢理笑顔を作った。もはやこの手の笑顔を作ることに、苦痛を感じなくなっている自分が嫌だ。
それにしても、今日の嫌がらせはこれですか、先輩。
柚木は少しだけ香穂子に歩み寄ると、親衛隊を振り返り笑顔で手を振る。
「ごめん。彼女と少し話がしたいんだ。またあとでね」
「え、あ・・・はい」
何も言葉らしい言葉を返すことなく、彼女は柚木に頭を下げた。鉄の扉をしぶしぶといった体で引きながら、しっかりと香穂子を睨んでいく。
こんな視線、最近は日常茶飯事だから、気に・・・なるってば。
嘆息し、香穂子は柚木に背を向けて校庭を眺めた。背後に柚木が歩み寄ってくる気配を感じるが、もはやどうでもいい気がする。
香穂子の身体を覆うようにして、背後から柚木の腕が柵にかかる。柵と柚木に挟まれた形になって、それでも香穂子は柚木の方を向かなかった。頑なにシカトを決め込もうとしたのだが――――耳元で声が聴こえると、そうも言ってはいられない。香穂子は小さく悲鳴をあげて、軽く柚木を振り向いた。
「何怒ってるかなぁ。何もしてないだろう?」
「はぁ? 明らかに嫌がらせじゃないですか。っていうか、耳元でしゃべらないでくださいよ」
「嫌がらせ? 心外だな。あれはあっちが勝手についてきたんだし、それにおれはおまえに嫌がらせしたことなんて、一度も無いぜ?」
「あるっ」
「あれは嫌がらせじゃなくて、意地悪って言うんだよ。イ・ジ・ワ・ル」
「何が違うんですか・・・?」
心底、人が悪い。
笑顔はいつもどおり綺麗なのに、言っていることはめちゃくちゃだ。耳元で吐息交じりなのも絶対わざとだ、と、香穂子は頬を赤くする。
この人って、私をからかうことを生きがいにしてるんじゃなかろうか。
きっとそれは、あながち間違いではない。こんなにも活き活きと笑っている柚木は、滅多に見られたものではないのだから。
香穂子は柚木の腕の間で身体を反転させると、軽く柚木の胸を押した。意外そうな顔で一歩離れた柚木に向かって、香穂子は言う。
「あんなことしたら、また先輩の親衛隊に嫌味言われるじゃないですか」
「あ、やっぱりあるんだな。そうかなとは思ってたんだけど」
「・・・楽しんでるし」
最低だ。
結局は彼女なんていっても、彼にしてみれば遊びがいのある玩具でしかないのだ。根がサドだから、これでも大事にしているつもりなのかもしれないが。
「もう。大変なんですからね? 先輩のファンって、粘着質の人多くって」
「それはおれのせいじゃない」
「や、そういう問題でもないでしょう」
香穂子は話をする気も失せたというように、屋上のベンチへとすたすた歩いていく。腰をおろすと、柚木を振り返って眉を寄せた。
「柚木先輩、本当に私のこと好きなんですか?」
「・・・今更なこと訊くね」
柚木はさも面白いというように、くすくすと笑う。長い髪が風になびいているのが妙に綺麗で、香穂子は顔をしかめて目をそらす。
知っている。これ以上ないほど愛されていることなんて、言われなくても判っている。だって、柚木がこんな顔をするのも、こんな口調でしゃべるのも、自分の前でだけなのだ。本当に気を許してくれているのでなければ、そんなことは有り得ない。
決して、好きだとは言ってくれないけれど。愛されている自覚はあるのだ。
それでも香穂子はふてくされて、横目で柚木を睨んでいた。
観念したように柚木が息を吐いて、香穂子の隣に座る。香穂子の肩に頭を乗せて、柚木はぽつりと口を開いた。
「本当に今更だよ。おれはとても良くできた人間だけど、お遊びで女と付きあえるほど優しくはないんでね」
「・・・知ってます」
「嫌味を言われるって? 言わせておけばいいだろ、そんなのは。それとももしかして、哀しかったりするの?」
「・・・・・哀しくはないけど、ホント、単純に腹が立つんで」
「気が強いね」
「じゃないと、先輩の彼女なんて出来ません」
「・・・・・・そうだね。でもそれじゃあ、おれの存在意義が薄れるよ」
柚木が、肩から顔をあげる。上がってきた顔があまりにも近かったので、香穂子は驚いて身を硬くした。
「だからね、世界の憂鬱全てから、おれがおまえを守ってやるよ」
少しだけ真剣な風情だったので、香穂子は黙って聴いていた。
だから、屋上に来てしまうのだ。
愛されていることを知ってる。大事にされていることを知っている。彼がこの時間に自分に逢えることを、思いの他楽しみにしていることを、知っている。
この不遜な態度や言動に似合わず、子供っぽい独占欲を持っている人だってことも、充分すぎるほどに。
「・・・ずるいなーぁ」
「は?」
「べっつに。何でもないですっ」
ただでさえ普通より顔がいいのだから、性格ぐらいは悪くてもいい。ただ、問題なのは――――その性格の悪さが、嫌いではない自分だ。好きになってしまったのだから仕方がないが、最初は驚いたこの裏表のギャップも、見慣れれば可愛い。・・・まず、それがおかしいと思う。
広い、大きい心で見れば、結構優しかったりするし。極々たまに、だけど。
香穂子はそっと嘆息し、柚木のほうへ顔を向けた。再び柚木の頭が肩に乗っていたので、割と近い位置で視線が合う。窺うように上目遣いで見上げてくる柚木に、香穂子は言った。
「大事にしてくださいね?」
あえて、判りきっていることを訊く。
柚木は一瞬驚いたように目を瞠ったが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「今より、もっと?欲張りだね」
「はい。先輩のファンに攻撃されるのは私なんですから、それくらいは」
「・・・いいよ。大事にしてあげる。―――― じゃあ、交渉成立ということで」
柚木が顔をあげ、唇を寄せた。
「誓いのキスとか、しておく?」
嫌味なくらい綺麗な髪が、風を受けて香穂子の頬に当たる。
目を閉じても、残像は消えない。
コメンツ。
マイフレンドっていうかもうマイラバー白凪に頂きましたー。
幾ら払えば誓いのキスしてもらえますか?(汚い)
元々彼女がサイト開設したのでそのお祝いに地朱雀描くよってメールだったのにあれ?
不思議なことに「良いんだよ気にしないで、私とアナタの仲じゃない」というメールが「ところでウチもうすぐ3周年なんだ」という文字になってました。
また16日に開設した彼女の開設祝いが23日の今日出来てないのに21日にはこれ届いてた。優しいったらない。
3周年祝いありがとv
開設祝い、もう少し待って!!