fall in love a point






「柚木先輩って、本当に運動出来ないんですか?」



「……はあ?」



香穂子の突然の問いかけに、柚木はプリンスの地位を築いた男とは思えない頓狂な声を出した。



昼休み。



暖かな陽射しが柔らかに降り注ぐ、屋上。

昼食を二人で仲良く食べ終え、お茶を飲んで、ゆったりとした時間が流れ出した頃。

沈黙が心地よく感じ始めた柚木に、香穂子の突拍子も無い質問。

「前に親衛隊の方々から無理矢理耳に詰め込まれたんですよ。

『柚木さまは成績優秀・才色兼備・眉目秀麗!…がさつな貴女が運動を控える程繊細で儚い柚木さまに近づいて許されるとでも?』って」

口真似で言った香穂子本人が真似ようとして如実に思い出し、眉を顰めた。

「で、どうなのかなって」

「ふぅん」

興味無さげに空を見ながら言うと柚木に香穂子は少しむっとした。

「……確かに想像出来ませんけどね」

「どうして」

「ジャージ着て髪の毛散らしながら全力疾走する柚木先輩」

「髪くらい結わせろ」

今日は少しばかり想像力が逞しいらしい香穂子は一拍置くと大いに吹き出した。

「あのね、別に運動出来なくも止められる程身体は悪く無いさ」

「じゃー授業出てくださいよ。体育祭楽しみですね」

堪えようとするも堪え切れず、半笑いで言った。

「…おれが運動まで出来たら、世の男は生きるのが嫌になるだろう?」

「何ですかそれー」

あはは、と笑う香穂子を見て、柚木は自分自身に眼前で彼氏を大笑いする女の何処が好きなのか、と問い詰めたくなった。

「あっでも体育祭、二人三脚はやめてくださいね?!」

「はあ?」

柚木が半ば真剣に好きなところを考えている隣で当の恋人は体育祭に出場する柚木サマに想いを馳せていたらしい。

今日二回目の、間抜けな声。



「だって二人三脚ですよ?」



「足括って走るあれだろう?」



ああ、火原が相方だと辛いかもな、と言わないが、柚木も体育祭に意識を向けた。



「おっ女の子が相手だったらどうするんですかっ?!」



「…………は?」



今日この科白は三回目。



「だからっ女の子と一緒だったら肩抱いて息ぴーったりに走るんですよ?見たい訳無いじゃないですかぁっ」



照れか、熱弁の興奮の所為か顔を赤くしながら言い募る香穂子に、柚木はぽかんとしたまま表情を作れなくなった。


何か、さっきまで全身全霊で走る彼氏の姿を想像して爆笑していた彼女が、今度は只の想像で妬きもちを妬いて怒っているのか。

沈黙が流れ始めた頃、今度は柚木が吹き出した。

「はは…あははっ」

「やっ!笑わないでくださいよ!セツジツなんですよ、あたし!」

体育祭に出るとも言ってないどころか、二人三脚に出るかも決まっていない、ただの想像で何が切実だ。

想うと、柚木はますます笑いが止まらない。

「あははははっ」

何言っても、言えば言うほど笑われると感じた香穂子は笑いながら治まるのをむくれながら待った。

「は…ははっ」

「止まりましたか?」

「ああもう…お前は……」

多分、こういうところが、堪らなく愛しくて、堪らなく惹かれる。

普通なら一蹴するような、悩みにもならない渦に、柚木だというだけで本気で悩んで、止めて、と頼む。

笑えば、怒る。

「体育祭にはやっぱり出ないよ」

「何でですか?」

「おれが恰好良く一位になんてなったら困るのはお前だろう?」

「う」

「だから、出番以外はおれに付き合え」

きっと子供のように百面相の彼女は、自分の都合に合わせて適当な言い訳をしてサボるなんて事出来ない。

「誰もいない教室……此処でも良い。お前は一緒にいたくないの?」

恋人に言うおは思えない尊大な態度だと、柚木本人ですら思う。

「……いたいです」

俯いてさっきより顔を赤くして。

柚木は香穂子の顎を掴んで前を向かせ、そのまま前に引いて距離を詰めさせる。

距離を詰めすぎて柚木の胸に体を預ける形になった香穂子の首に腕を回して髪を一房掴んで、耳元でそれに口接けた。

「運動云々の話は、夏休みにでも何処かに連れてってやるさ」


















たった今惚れ直した分、惚れ直させてやるから。