栄養ドリンクや栄養調整食品にサプリメント。


平成の世の中、外に出れば簡単に手に入る栄養素の塊。



だけれどそれらを全て摂っても凌駕するものがある。



(おれにしか、効かないけどな)



ゆっくりと目を閉じて柚木は腕に力を込めた。









心に栄養補給







香穂子とより多くの時間を過ごすべく始めた登下校の送迎の為、日野家の玄関の前に止めた車に寄りかかって彼女が出てくるのを待っていた。

「わゎ、すみません、柚木先輩っ」

「おはよ。まず挨拶しろよ」

「おはようございまーすっ」

にこにことしていた香穂子の顔がふっと曇った。

「どうしたの?」

「あっ……と忘れ物なんで、少し待ってて貰えますか?」

柚木の返事を待たずドアの向こうへと消えた香穂子の髪が視界ごと揺れるのを、柚木は眉を顰めて耐えた。









朝お互い教室へと向かう前に香穂子と約束した通り、柚木は屋上の余り人目につかない高いところで香穂子を待っていた。



優しく暖かい風が吹いていた頃に出逢って、一層暑さが増す前に付き合い始めた。

今はもう太陽が照りつける季節が終わってしまった。




(馬鹿馬鹿しい)




ただ季節が巡っただけ。


空が夏より高く感じるだけで、感傷的になる。


それが嫌で、自由を勝ち取るために今は以前より勉強に向かう時間を増やしたのだから。


楽器はもう授業でしか触っていない。


寂しそうに瞳を揺らす香穂子と、その香穂子に全てを伝えて抱きしめたい自分を説き伏せて。






空の蒼さが、鬱陶しい。






振り払うように首を振れば、此処のところ続いてる眩暈を強く感じた。





「先輩っ」



暑さが和らいだ風よりもこの声が心地良いと思うのだから、相当末期だ。

「遅い」

「……重ね重ねスミマセン」

軽やかに駆け上がって香穂子は柚木の後ろに腰を下ろした。

「……なあ香穂子、普通隣じゃないのか」

「いいえ、今日は此処です」

体を捻って振り返る柚木に香穂子はにっこりと笑うと膝を叩いた。





「疲れてませんか?」





一瞬言われたことがわからなかった。


「…なんで……」

「顔色悪いですもん」

言われなかったですか、と、そんな声が遠くに聞こえる。

言ってしまいたいと思っていたことをいざ知られると優しさに胡坐掻くよりも、舌打ちしたいほどの恥ずかしさが立った。

「あんまり寝てないんでしょう?…膝貸すくらいさせて下さい」

もう一度ぽんと膝を叩いた。

だが詰まらない矜持や見栄が、ただ寝転ぶ動作を躊躇わせる。

それでも甘い蜜のような笑顔には勝てない。

「ちょ、柚木せんぱ、」

「問題ないだろ、恋人なんだから」

ただ甘えて膝を借りるのが悔しくてせめてにと膝に顔を埋めるように寝転んだ。

「あたし今日りんごうさぎ持ってきたんです、た、食べれないじゃないですか!」

朝、香穂子が一度家に戻ったのを思い出した。


あんな一目で。


いや、きっと違う。



きっと何日も、もしかしたら何週間も前から気にして、気をつけていたのかも知れない。

だから、香穂子しか体調不良に気付かなかったのかも知れない。





愛されている、と、素直に想えた。





食事は出るが、最近あまり喉を通していなかった気がする。

可愛い恋人が持ってきてくれた林檎を食べない訳にはいかない。

ご丁寧にうさぎ型にして。

だけど。



するりと腕を腰に回した。



「もう少し」





栄養ドリンクや栄養調整食品にサプリメント。



平成の世の中、外に出れば簡単に手に入る栄養素の塊。



だけれどそれらを全て摂っても凌駕するものがある。



(おれにしか、効かないけどな)



陳腐だけれど、ただ真っ直ぐに自分に向く愛だけが、支えてくれる。





眩暈を忘れた瞳をゆっくりと閉じて柚木は腕に力を込めた。


























柚木は柚木家を説得するのも出るのも大変そうだけど、それを隠してる柚木を見てる香穂子もなかなか辛いんじゃないかと思ったんですが、柚木視点なんであんまり出せてないです。

柚木とりんごうさぎ。アンバランス感を想像して一人でも笑って頂ければ(笑)

都楼 燐拝